ゲノム解析により明らかにされた新生児集中治療室(NICU)における表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)の分子疫学の複雑さ★
The complexity of Staphylococcus epidermidis molecular epidemiology in neonatal intensive care units (NICU) as revealed by genomic approaches R.F. Rampelotto*, N.A. Faria, R.Hörner, M. Miragaia *Federal University of Santa Maria, Brazil Journal of Hospital Infection (2025) 161, 148-158
表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)が引き起こす血流感染症は、新生児集中治療室(NICU)において最も高頻度で重篤な感染症の 1 つであり、病的状態および死亡の発生率を高める原因となっている。しかし、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)がいかに優勢であるか、いかに広がっているか、またNICU においてアウトブレイクを引き起こすようにいかに進化しているかは、十分に理解されていない。われわれは、感染制御を改善するようなガイドラインを提供するため、NICU における表皮ブドウ球菌アウトブレイクのゲノム的基礎を理解することを目的とした。
ブラジルの院内 NICU 1 施設に入室した新生児の血液培養で得られたすべての表皮ブドウ球菌分離株を 1 年間にわたり収集し、それらのゲノムを比較した。
表皮ブドウ球菌感染症の発生率は1.17 per baby-year であった。表皮ブドウ球菌分離株の 83.64%はメチシリン耐性であり、84.5%は配列タイプ 2(ST2)に属しているか、これに類縁であり、ブドウ球菌カセット染色体 mec(SCCmec)III 型または IVa 型を保有していた。一塩基多型(SNP)解析から、表皮ブドウ球菌感染症は、異なる地域流行源(< 50 SNP)に由来する 3 つのST2 伝播連鎖の共存の結果であることが示された。それぞれの伝播連鎖の特徴として、特異的な抗菌薬耐性および毒性プロファイル、ならびにブドウ球菌カセット染色体(SCC)要素の内容(SCCmec、SCC non-mec および ACME)が認められた。伝播の過程で、接着、シグナル伝達、代謝全般、複製、組み換えおよび修復に関わる遺伝子において、他の可動遺伝因子が獲得/喪失されたり、変異が生じたりしていた。 NICUにおいて表皮ブドウ球菌の伝播連鎖を追跡するには、深いゲノム解析により細菌の遺伝的背景とアクセサリーゲノムを組み合わせることが必要となる。本研究では、NICU における感染制御のための重要なサーベイランスツールとして、全ゲノムシークエンシングを組み込む必要性が明らかとなった。
監訳者コメント :
本研究は、NICU環境における表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)感染の分子疫学について、全ゲノム解析という最先端技術を用いて解析した画期的な研究である。従来の MLST や SCCmec 型判定のみでは把握困難であった伝播動態を、コア SNP 解析とアクセサリーゲノム比較により詳細に解明している。最も重要な知見は、同一 NICU において 3 つの独立したST2伝播チェーンが同時並存していたことである。これは、NICU における表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)感染が単純なアウトブレイクではなく、多様なリザーバーからの持続的な再感染による複雑な感染動態を示していることを意味している。この知見は、NICU 感染対策において一つの感染経路や感染源に焦点を当てた従来の対策では不十分であることを示唆している。また本研究では同一 SCCmec 型であっても、その他のモバイル遺伝子エレメント(MGE)の獲得・喪失により、薬剤耐性パターンや病原性が大きく異なることを示している。
また感染対策でも注目されている全ゲノムシーケンス(WGS)について、コア SNP50 個以下という判定基準の設定により、従来手法では識別困難であった感染拡大ルートの解明が可能となった。これにより、誰から誰へ、どのような経路で感染が広がったかという詳細な情報を把握できるため、より精密で効果的な感染対策の立案が期待できる研究であるかと思われる。日本でも WGS を用いた解析が研究レベルで報告されているが、今後 WGS ベースのリアルタイム分子疫学サーベイランスの導入が、NICU 感染対策の高度化において重要な課題となる可能性が示唆される。ただし、WGS 解析の導入には、設備投資、専門人材の確保、データ解析システムの構築など多くの課題が存在する。
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